So-net無料ブログ作成
検索選択

日本のモノマネ文化 [よのなか]

日本が明治維新後、急速に近代化を果たし、また戦後に高度経済成長を達成できた理由の一つとして、西洋諸国の優れた技術をそのまま導入することができた、いわゆる「モノマネ」が挙げられます。

「モノマネ」であれば、どこの国でも出来そうな気がしますが、そうでもないようです。


個人に置き換えてもそうですが、モノマネするのに必要なことは、強烈な自我がなく、素直に相手のいい所を受け入れられること。


日本は、キリスト教やイスラム教のように一神教ではなく、あらゆるものに神が宿ると考える多神教でした。
仏教が入ってきても、それまでの神様達と共存させ、神仏習合となりました。

その為、外国から思想や技術が入ってきても恐れることがありません。
外国の技術や思想を取り入れたからといって、古来の伝統を捨てなければならない、などとは思わないのです。
だから、外国のものをそのまま真似ができたのです。

世界の他の国では、外国から新しい技術、新しい知識、新しい制度が入ってくると、これを導入すれば我々の文化にどう影響するか、という議論が起こるのです。

たとえば、19世紀になると、西洋文明が東洋に押し寄せてきました。
日本人は直ちにこれを取り入れて明治維新を起こし、富国強兵、殖産興業に向かいます。
すぐに鉄道や近代郵便制度を取り入れ、近代紡績を栄えさせ、軍隊も学校も洋式にしました。
それが日本の家族制度や地域社会に与える問題を議論することなどもありません。

ところが、日本よりはるかに早く西洋文明に触れたトルコやイラン、中国などは、近代西洋文明をなかなか取り入れられません。
典型的なのは中国です。

中国では、阿片戦争で西洋の近代軍事力の猛威を実感しました。
ところが、西洋の技術や制度は容易に取り入れられません。
洋式の鉄道や通信、軍事制度などを取り入れると、自分達の家族制度はどうなるのか、地域社会はどうなるのか、儒教的な制度や道教的な伝統はどうすればよいのか、大議論を呼んでしまうのうです。



また、明治維新ならびに太平洋戦争において、相手の文明の方が圧倒的に優れている状態にあったことも、モノマネを受け入れることを容易にした要因です。

江戸時代の長年の鎖国政策により、西洋諸国との接点が限られていた為、近代化の点で大きく遅れていました。
幕末には、ナショナリズムに火がつき、欧米諸国の攘夷に向かいますが、維新後に欧州に視察に行った政府高官らはあまりの力の差に驚きます。
そこで、一気に富国強兵、殖産興業へと注力していくのです。

太平洋戦争後も同じ状況でした。
米国との戦争の中で、米国の物質的豊かさを肌を持って実感したのです。


それらの要因で、日本は比較的早く、高度経済成長を成し遂げることができました。
しかし現在は、自我が強烈に強くて、相手の優位を認めないけれど、モノマネはガンガンする中国が台頭しています。
鄧小平の「黒猫でも白猫でもネズミを取る猫はよい猫だ」的理論で、自国文化や思想との整合性は一旦置いておいて、市場経済のいい所どりを始めたのです。
過去の中国とは異なる、パラダイムの転換が起こったのです。


【関連記事】
なぜ日本は明治維新に成功したのか

【参考図書】

大激震

大激震

  • 作者: 堺屋 太一
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2008/12/10
  • メディア: 単行本


nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。